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「頑張って」と言ってはいけない。

文頭ですが、とりあえずすべては私個人の考えることであって
だから誰にどうとか、何にどうとか意見するものではなく
また、今はこう思っているけれどもそのうちまた変わるかもしれないよということを前置きしておきます。

先日、あるお店でものすごいクレーマーにやられちゃってる店員さんがいて
お客が正しいにしてもそういう言い方はないんじゃないじゃないかという剣幕だったので
お店の人が不憫になってしまい(謝罪はしていたからね)
思わず「頑張ってね」と言ったんだけど
むしろムカッとされたようだったので
ちょっと考えるに至りました。

そういえば、私も若気の至りで
若いときは
「頑張ってって言葉言われるの嫌いなんだよね~。何様だと思ってるのよ。何もわからないくせに何をこれ以上頑張れっていうのよ」
と、思っていた時期があったことを思い出したのである。

でも、私の場合
そんな風にいきがっていた時ほど全然頑張っていなかった。
頑張る必要もなく淡々と仕事をこなしていればよかったし
頑張るほどの困難も無かったと今となっては思う。

でも(20代後半から30代中頃くらいかな)
いざ、踏ん張っても踏ん張っても踏みつけられて自尊心も粉々にされて暴力的な言葉で威嚇されて
それでも逃げ場がなかったとき
(仕事でね)
お客様が扉1枚隔てた場所にいるのに大声で怒鳴られたりなじられたりしたとき

お客様の
「頑張ってね」
という言葉がどれほど私を救ってれたことか。
「あなたがいるからこのお店に来るの。頑張って、やめないでね」
という言葉になんど勇気を振り絞って立ち向かう力をもらえたか。
(まぁ、私が負けず嫌いということもあったが)

私は「頑張ってね」という言葉の意味が分かったし
好きな言葉になった。
「嫌いだなんて思ってごめん」
本当にそう思った。

それでも、人に使う場合には細心の注意を払わなければいけないことは事実だし
その言葉に追いつめられる人がいるのも本当なんだろう。

頑張ってを「叱咤」として受けてしまうといささか重いかもしれない。

私がいただいた「頑張ってね」は、応援だった。
何も、できないことを無理やりしろと言っているわけじゃない
能力以上の力を出せと言っているわけでもない
ただ、「応援しているよ」「心を寄せているよ」
そういう意味だったのだろうと思う。

それだけでどんなに救われたか。あの気持ちを今でも忘れられない。
あの時に「頑張ってね」と言われたことが、わたしにとってどれだけありがたい事だったか
それは今では伝えられないけれど、でもそうなのだ。
気持がこもった言葉ならばなおさらのこと
そういう言葉をいただけるなんて本当にありがたいことだなぁと
考えているのである。

まぁ、それでも
人にはあまりいうべきではないということだったので
しばらくは自分に言っていた。
アラフォーにもなるとねぇ
自分で自分を励まさないといろいろやってられないことも出てくるんですよ。
「頑張れ、頑張れ自分」
「そう。私はまだ頑張れる。頑張れるってすごいことだぞ。
あきらめてないってことだぞ」
そう思って、人には大したことじゃなくても自分にとってはしんどいことを乗り越えるのに使ったのである。

基本的に、負けず嫌いだけど打たれ弱くてネガティブな性格が災いしているだけかもしれないが。

若い時に、「若い時の苦労は買ってでもしろ」とよく父親に言われていたが
「なんで好き好んで苦労しないといかんのじゃ」と思っていた。
そりゃ苦労なんてしないに越したことはない。
その時は
「今のうちに苦労しておけば、あとで楽ができる」
というくらいの意味だと思っていた。

ところがどっこい。

人生そんなに甘くないのである。

つまり、「若い時の苦労は買ってでもしておけ」というのは
若くて柔軟力のある時にいろんな苦労を経験して免疫をつけておかないと

年取ってからの苦労には対応できないデスよ。

という、怖い教えなのである。

父の教えもあって、しんどい方しんどい方を選ばされて免疫もついていた私は
車で電信柱に飛び込みたい衝動を抑えることができたのかもしれない。

後日、父に「その件ではありがたい教えをありがとうね」と話した折には
父はゆったり笑っていた。
父にもそんな苦労な時代があったのだろうことはぼんやりと知ってはいるので
教えを違わぬ娘になれて良かったよと思ったのだ。

話を「頑張れ」に戻すが
実際に応援したくても、心配したくても、物理的に、距離的に、時間的に、世間的に
どうしようもできないときもあるじゃないですか。
でも「応援しているよ。気持ちを寄せているよ。見守っているよ」が総じての
「頑張ってね」という言葉は
私はアリだと思うんですよ。

ずっとじゃなくても、その一瞬
本当にその相手のことを思っての言葉かもしれないじゃないですか。

たった一瞬?だったらいらない?
そういうことなのかな。

赤の他人にその人の人生の一瞬でも思いをかけてもらうなんて簡単なことじゃないと思うんだけどな。


とか、この数日考えていたのである。

でも、まぁ
いやだっていう人がいるんだから
不用意には使わないようにしよう。

でも「頑張れって言葉は嫌いなんだよね」というのも
あんまり言わない方がいいと思うけどね。いろんな意味で。
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